最強の障害馬-オジュウチョウサン

オジュウチョウサンが前人未到の中山グランドジャンプ4連覇に挑むので、オジュウチョウサンについて。

生まれ

父ステイゴールド、母シャドウシルエットの仔として2011年に誕生。全兄にラジオNIKKEI賞を勝ったケイアイチョウサンがいる重賞馬の弟として期待を背負ってのことでした。

ちなみに馬名の由来ですが、馬主の長山氏の次男坊が幼い頃一人称の「オレ」をはっきり言えず「オジュウ」と名乗っていたことから名付けられたそうです。そう聞くと可愛い名前ですよね。

一世一代の障害転向

新馬戦では11着惨敗。続く未勝利戦でも8着といいところがないまま1年間の長期療養へと入る。復帰後は未勝利戦が終わっていることもあり、未勝利馬が出走できるレースがかなり限られてしまうことから、障害に路線を変更し活路を見出すことになります。この転向がのちに障害の絶対王者として君臨することとなる大きな転機となります。

しかし、障害初戦は全くいいところがなく惨敗。何が変わったのか続く2戦目は2着と次第にいいところをみせ、4戦目にして初勝利を飾ると、OP戦も連勝。ただここからすぐに連勝街道にひた走るという訳ではなく、その後も一介の障害馬として、そこそこの活躍でとどまります。

相棒との出会い

転機が訪れたのは、障害7戦目となった東京ジャンプS。結果は4着と破れるものの、ここでパートナー石神騎手と出会います。このレース以降、調教も含めオジュウチョウサンと石神騎手は二人三脚で覇道を歩み始めます。

当時まだ今の、レースを先行して圧倒的な末脚で他馬をねじ伏せる、という走りが完成されていなかったオジュウチョウサン。そこには出遅れグセがかなり影響していました。その原因としてあげられたのがオジュウチョウサンの集中力のなさ。さすがステイゴールド産駒、といったところですが、そこを一番に見抜いたのが相棒の石神騎手。

これまで耳まですっぽり被っていたメンコから耳あてを取ってみてはどうかと進言。これが大当たりで、スタートの出が見違えるほど良くなります。そしてここからオジュウチョウサンと石神騎手の快進撃が始まります。

障害の絶対王者へ

2016年、耳あてを外した初戦障害4歳上OP。ニホンピロバロンと互角の勝負を繰り広げ2着すると、続く中山グランドジャンプでは、2番人気に推され(1番人気は昨年の中山大障害3着のサナシオン)、これを完勝。ついに障害J-G1で初勝利を飾ります。その後はもう語らずともご存知の通り。

障害重賞9連勝。そのうちJ-G1,5連勝と圧倒的で誰も勝負にならない無敵を誇ります。その中でも、伝説となったレースが、2017年暮れの大一番。中山大障害。

旧王者アップトゥデイトと現王者オジュウチョウサンの壮絶なマッチレースとなったこのレース。オジュウに勝つにはこれしかないというアップトゥデイトの大逃げ。いつも通りのレースで差し切りを狙うオジュウチョウサン。このレースはもう見てもらうしかないです。とんでもないレース、そしてこのレースを見れば障害の魅力が全部伝わる。

このレースから、オジュウチョウサンの圧倒的な平地力がクローズアップされ、平地挑戦を!という声が次第に大きくなっていきます。そしてその夢が現実のものとなったのが、翌年の中山グランドジャンプを制してから。

新たな舞台へ。平地挑戦

オジュウチョウサン平地デビュー。衝撃的なニュースが日本中に届きました。しかもパートナーは武豊騎手。ファン投票での出走が可能な、有馬記念出走を目指し平地への復帰を目指しました。

初戦となった開成山特別(500万下)はこれを圧勝。続く南武特別(1000万下)も一頓挫あり、また素質馬が多く出走していたことから3番人気となるも完勝。平地力の高さは障害レースだけでなく、平地のレースでも戦えるものだということを証明。

そして待ちに待った有馬記念。ファン投票3位での出走を決めます。障害の王者が有馬記念に出走するのはもちろん初めて。ファン投票の人気だけでなく馬券の上でも5番人気とその素質に期待する人が多くいたレースでした。結果は残念ながら掲示板にも乗ることができず9着健闘。ただ、多くのG1馬の中に入っても見劣りしない見事な走りでファン・オーナーの夢を乗せて走る姿は心大るものがありました。

そんなオジュウチョウサン。今年は障害界に帰ってきました。

前人未到の中山グランドジャンプ4連覇、その瞬間を見届けたいです。


追記

この記事を書いた約2時間後、オジュウチョウサン4連覇達成しました!!!!おめでとうございます!!!!